七ヶ浜町観光ガイド | 海とともに生きる町 七ヶ浜町

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多聞山 -たもんざん-

撮影スポット

 松島四大観とは、江戸末期に仙台藩儒学者・船山万年によって選定された松島に浮かぶ約260余島を眺める、松島湾岸四ヶ所にある展望ポイントのことです。

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地蔵島 -じぞうじま-

撮影スポット

 地蔵島は、はじめ達磨島(だるまじま)と呼ばれておりましたが、この近くで行方不明となった勘助の供養のため島上に地蔵尊を安置してから、誰いうとなく地蔵島と呼び、地蔵尊を「勘助地蔵」ともいうようになり、達磨島の名はいつしか忘れられたものといわれています。

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馬放島 -まはなしじま-

撮影スポット

 代ヶ崎浜住民は向島と呼んでいましたが、塩釜神社の年老いた御神馬や伊達藩の馬を放したことから、馬放島というようになったと伝えられています。かつては、海水浴場として名高く、県の海洋道場があり、夏季青年の修養鍛錬の場としても利用されていましたが、現在は、無人島になっています。また、大正10年宮城県農事試験場が、田を埋めて白菜の採取圃(さいしゅほ)(栽培用の種子をとるために用いる畑)を設け成功した事により、後に「仙台白菜」として有名になりました。

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眺洋台 -ちょうようだい-

撮影スポット

 その名のとおり、太平洋を眺めることができる。絶好のビューポイントです。周辺は地元の老人クラブの方々が花を栽培しており、憩いの場としても親しまれています。

 眺洋台の崖下は磯で、冬は「ふのり」春は「わかめ」などの海藻類が豊富で、昭和50年頃は「磯がに」がたくさん釣れた場所でもありました。その当時は、サケの頭をひもでくくりつけ、海中に投げて数分たってから引きあげる釣り方でした。数匹が群がって釣れる為、あっというまにバケツ一杯になったそうです。

 また、平成13年に俳優緒方拳さん主演の映画「ミラーを拭く男」のロケ地として眺洋台で撮影が行われました。主な出演者は津川雅彦さん、栗原小巻さん、エキストラとしてやぐば員等でした。全国ロードショーで放映される予定でしたが、都合によりテレビ(それも深夜)放送だけとなりました。

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阿川沼 -あがわぬま-

撮影スポット

 菖蒲田浜の北方にある、東西275m、南北825m、周囲1942mの本町第一の湖沼です。古くから付近の水田へ用水を供給していましたが、かつては南側で海水が流入していたため、農業用水としては不適当でした。機関排水の設備が施されてからは、水質がどんどん改善され20種類以上の鳥や18種類以上のとんぼ、さらには蛍の生息も確認されました。平成23 年3月11日の東日本大震災の影響により、風姿は一変してしまいましたが、1 日も早く以前の情景に復し、再びたくさんの鳥や昆虫、魚たちが生息する場にな ることを願っています。

※ 阿川沼周辺で生息している鳥
オオハクチョウ・マガモ・ユリカモメ・カルガモ・ウミネコ・トビ・ムクドリ・モズ・ヒヨドリなど。

※トンボの種類
オニヤンマ・ギンヤンマ・アキアカネ・チョウトンボ・シオカラトンボ・アジアイトトンボ・コフキトンボ・ウチワヤンマ・ナツアカネ・ウスバキトンボなど。

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小浜港 -小浜ヨットハーバー-

撮影スポット

 花渕浜にある小浜港は、県内有数の外洋ヨットの停泊地で、社団法人宮城外洋帆走協会により自主運営されています。松島湾の入口に位置しており、港を出ればすぐセーリングポイントという環境にあります。震災前は外国から立ち寄るヨットもあり、いつも大勢のセーラーでにぎわっていました。

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表浜 -おもてはま-

撮影スポット

 高山外国人避暑地に隣接していて、夏には避暑にやってきた外国人の人々でもにぎわう、異国情緒豊かな砂浜です。波は穏やかで、海水浴に適しており、家族連れに人気があります。

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御殿崎 -ごてんざき-

撮影スポット

 実際に、平安の大宮人(おおみやびと)〔※京都の宮中に住まう人々〕は、松ヶ浦島を歌会の課題としました。清少納言は『枕草子』の中で「島は浮島、八十(やそ)島、風流(はなれ)島、水島、松ヶ浦島、籬(まがき)島」とあげ、註に「松ヶ浦島、籬島は陸奥(みちのく)。八十島、島にあらず・・・」と説明するほど多くの歌人がこの地を歌の題材として取り上げました。また、『続古今集』に「心ある蜑(あま)〔※海に入って貝・海草を採る女性〕や植ゑけん春毎に藤咲きかかる松ヶ浦」(後嵯峨帝)とあるように、いにしえの御殿崎は藤の花が美しく咲き誇る地としても知られていました。

 藩政時代になると、仙台藩主伊達家の遊覧地となりました。その中心となったのが伊達政宗が松ヶ浜でもっとも眺めの良い鴻ヶ崎(こうがさき)に建てさせた仮館でした。その後、鴻ヶ崎はお殿様の仮館が建つところという意味から『御殿崎』と呼ばれるようになり、その地名が今も残されています。

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波多崎 -はたさき-

撮影スポット

 前塚浜の北端にあって、附近の荒磯に太平洋から押し寄せる波が砕け散り、白波が打ち返してきます。ここの岬からの展望は素晴らしく、特に島々の配置がよく多聞山(松島四大観)に次ぐ美観を誇っています。また、宮城学院の夏期合宿所で亡くなった詩人、土井晩翠令嬢の標石もあります。

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高山外国人避暑地 -たかやまがいこくじんひしょち-

 明治21年(1888)、当時第二高等学校の英語の先生だったハーレル博士がこの地を発見し、ついで東北学院長シュネーダー博士が、好適の避暑地として在仙外国人を勧誘し、翌22年(1889)に7棟の別荘を建築したのが始まりです。明治40年(1907)には当時の七ヶ浜村との間で999年の地上権が結ばれました。高山外国人避暑地は二つの山の総称で、表浜海水浴場から海に向かって右側が高山、左側が戸谷場地区となっています。

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弁天沼 -べんてんぬま-

撮影スポット

 弁天沼は、江戸時代に七北川の河口を湊浜から仙台市蒲生に移した為に出来た、東西150m、南北472m、周囲1.4km、深さ1.2mの河跡湖(かわせきこ)〔※河川の一部が川道から断たれて生じた湖〕です。沼に面する岩肌には、カキ殻が付いており、かつて海水が流入したことを示しています。

 現在では、芦の茂った水面から水鳥の鳴き声が聞こえてきます。また奇岩(きがん)がさざ波に映える風景は浄土庭園を思わせ、まさに一幅の絵にもなります。

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乙女浜 -おとめはま-

撮影スポット

 御殿崎北東側には、地区で乙女浜と呼ぶ小さな浜があります。「お留浜」の転訛(てんか)との説もあり、藩主が御殿崎の仮館に滞在している間は、『お留め』つまり立ち入り禁止の処置がとられたのではないかとも言われています。

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大東館 -だいとうかん-

 明治21年(1888)、菖蒲田海水浴場が開設されたことに併せて大東館が建てられました。当時の海水浴は『塩湯治』(しおとうじ)と呼ばれ、療養を目的に全国へ広まりました。18世紀の中頃、イギリスの医師が海岸に患者を集め、海水に浸らせたのがその始まりだと言われています。大東館はいわば湯治をするための療養(保養)施設で、財界人や軍人などの有名人の来館が後を絶たなかったと言われています。上棟式には若き後藤新平(※のちの満鉄初代総裁・東京市長)も出席したと言います。その後も、文人では島崎藤村や宮沢賢治なども訪問しています。しかし、場所は岬の突端にあり風や波によって浸食が激しく、建替えの話もあったそうですが結局は撤去されてしまいました。

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花淵灯台 -はなぶちとうだい-

 花渕浜保ヶ崎(ほがさき)に総工費1,578万円、2年かけて建設し、昭和39年10月27日から点灯された無人灯台です。白色円形コンクリート造で、灯台の高さは20メートル、海面からの高さは62.5メートルになります。光は37.8キロメートルまで届き、暗礁の多い同海域の道しるべでした。灯台の隣には祠(ほこら)があって、鼻節神社の旧社殿跡といい、その祭神猿田彦は、天孫降臨の際、先導をつとめられた故事から、開拓の神・陸上海上の道しるべの神として、全国各地にまつられております。その神殿跡地に、現代の海上の道しるべとして灯台が建設されたことは、自然が結ぶ奇しき因縁ともいうべきでしょうか。

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